米代川の洪水を体験して

能代市中川原 栗田 幸二 (四十七歳)


 「堤防の水が溢れそうだから早く逃げたほうがいい。」当時、中川原に住んでいた私は叔母のその言葉に半信半疑のまま、自転車で堤防へ見に行きました。すると、あと四、五十センチの所にまで、水が迫っていたのです。慌てて家に帰り、タンスに畳を積み上げ、米を高い所に上げ、着の身着のままで、母と二人で第三小学校の体育館に避難したのです。
 次の日は、天気も良く、「この分じゃ大丈夫だろう」と話していた矢先、あのサイレンが鳴り響いたのです。
 堤防の一部から白い波。水は濁っているのに白い波の様にあっと言う間に水が増えて、家々を飲み込んでいきました。当時、中川原の秋木合板に勤めていたので、家も仕事も無くなり、「これからどうやって生活したらよいのか」と、途方に暮れたことを覚えています。
 立入禁止が解除になり、家に戻ってみると、水の勢いで持ち上げられた土台は、傾き、ねじれ、家の中は泥だらけ。少し低くなっている玄関には、まだ水が引かずに残っていました。その泥水で、泥だらけの障子などを洗い、また避難場所の体育館に帰るという生活が一週間近く続いたと思います。積み上げた畳は使い物になりませんでしたが、米は助かりました。何が一番大変だったかというと、泥だらけになった家を片づけるのが一番大変だったように思います。
 現在では、堤防も整備され、このような事は起こらないと思いますが、この貴重な体験を風化させず語り継いでいきたいと思っています。



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